偏差値30台の肉体労働者がネットビジネスで月収100万稼げるように変わって人生逆転したストーリー

「不幸な人生だけは生きたくない…

と、思った事はありませんか?

ちなみに、昔の僕は何度も思っていました。

  • 行きたくもない会社に我慢しながら出社し、自由な時間がなく、満足なお金ももらえない
  • 目の前には無限の選択肢があるのに、自分が選べる選択肢はほんの一部でしかない
  • 本当に自分が心の底から楽しいと思えることに挑戦したい、後悔しない人生を生きたい

こんなことを思いながら、
毎日会社と家を往復するだけで、
生きているけど死んでいるような生活を送っていました。

やりたいことも、やりがいもありません。

ただ、生きているだけ。そんな感覚でした。

そして、そんな日々がとにかく楽しくないと思っていました。

 

そんな時に出会ったのがネットビジネスであり、
今も取り組んでいる「コンテンツビジネス×アフィエイト」になります。

実際にコンテンツビジネス×アフィリエイトで
こういった金額も稼げるようになりました。
(いきなり怪しいですが、こんなことも可能だということです)


※実績の一部です。

サラリーマンでは絶対に稼ぐことの出来ない
金額を稼ぐことも可能になり、
今ではさらに高いレベルを目指しています。

それこそ、金額で言えば「年収1億円」という
一般的には異次元で異常な世界を目指している所です。

 

せっかく僕のブログに辿り着いたのもなにかの縁なので、
あなたにも同じような世界を目指してもらいたいと思っています。

とは言っても、1億円を稼ぐということではありません。
むしろ、そんなことはどうでもいいです。

このブログでは、

毎日会社と家を往復するだけで楽しくない、もっと楽しい人生を生きれるようになりたい。会社に雇われ続けて生きたくない。自分の人生を変えたい…と思っているけど、どうやって人生を変えればいいのかわからない…でも諦めたくない。

と、思っている方に向けて、
経済自由人への片道切符を手に入れてもらい、
今の目の前の選択肢を全て選べるようになる
「選択の自由」を得てもらうための発信をしています。

そして、心の底から楽しいと言える「楽笑人生」
手に入れてもらいます。

文字通り、しくえる人生です。

あなただけの楽笑人生を手に入れてもらう為に、
ブログとメルマガ、YouTubeを中心に
ネットを使った稼ぎ方を発信しています。

 

ただ、勘違いしてほしくないことがあります。

 

よく「自由になろう」と言ってる人がいますが、
僕の言う選択の自由は好きな事ができたり、
海外旅行に行けたりすることでありません。

勿論、そういったことを否定するわけでもないですし、
僕だって海外旅行に行ったりしてます。

けど、それらが出来る様になった所で、
もし、明日親が倒れてお金がなくて助けられない…
そんな状況になった時、それは本当に自由と言えるでしょうか?

僕はそれを自由とは呼んでいませんし思えません。
不自由だと思っています。

あなたに手に入れてもらおうと思っているのは、目の前の選択肢を全て選べる自由です。

明日家族の誰かが倒れても助けられる、
自分にとって不幸な出来事を回避する力がある。
それこそが本当の意味で心の底から楽しく笑える状態だと思っていますし、
不幸にならないことこそ幸せなのです。

 

勿論、海外旅行に行こうが好きな物を食べようが、
好きなものを買っても構いません。

大切なのは選択肢を選べる自由があることで、
心の底から人生が楽しいと言えることです。

あなたには、そんな選択肢を全て選べる
自由なライフスタイルを手に入れてもらいます。

 

手に入れた後は好きなことをして貰って構いません。

ビジネスの世界で更に高みを目指してもいいですし、
夢を追ってもいいです。

まったりのんびり生きるでも良いですし、
趣味に没頭しても構いません。

勿論、海外や国内問わず旅行三昧などもいいかもしれませんね。

家族や恋人と歯が見えるくらい
ゲラゲラ笑える日々を過ごすのもいいと思います。

全てが選べるのです。
どうぞ選んでください。

 

ただ、まずは選択の自由を得られる様になるために
経済的自由を手に入れる必要があります。

そのために僕はこうやって情報発信しているのです。

 

もし、あなたがこれから選択の自由、経済自由人への片道切符、
心の底から楽しいと言える楽笑人生を手に入れたいと思っていたら、
僕の発信がきっと役立つと思います。

ぜひ、見てみてください。

 

このページでは、僕がどうしてこういう考え方になったのか?
どういう人生を歩んできたのかを話しますね。

ぜひ、僕のことを少しでも知ってもらえれえばと思います。

お金がなくて訪れる不幸

僕の家族は父、母、妹と4人家族でした。

特別裕福ではなかったですが、
子供の頃から夫婦仲が悪いわけでもなく、
毎日楽しい生活を送っていましたし、
家族4人で楽しく過ごす日々が続くと僕は思っていました。

たまに食べる100円寿司や焼き肉の食べ放題は美味しかったですし、
この先も家族でご飯を食べたいと思っていました。

 

しかし、ある日、親父と母親がガラスが割れるのではないかと
疑うほどの大声で言い争っていました。

それこそ、近所迷惑なレベルです。

普段から喧嘩することはありましたが、
歌手の声量よりでかい声でデッドヒートしている喧嘩は見たことがありません。

嫌な予感がしました…

 

そして、その予感は的中し、
両親は離婚することになります。

当時、僕は中学3年の受験シーズンであるのに関わらず、
急に両親が毎日喧嘩を始めるようになりました。

そして、僕にこう言うのです。

 

親父
「お母さんは自分のお金が欲しくてお前らを捨てるんだぞ」

母親
「お父さんはあなた達の為に溜めたお金を使ったんだよ」

 

2人からお金のことを言われるたびに、
尖った包丁の切っ先で胸を突かれるような
痛みに襲われるようになり、自然と涙が出ました。

正直、そんなことはどうでもいいから
離婚をしないで欲しいと思いました。

しかし、そんな願いは届かず両親は離婚し、
僕は親父の側につくことになりました。

 

僕が親父側についたのは
高校に通いたいと思っていたからです。

一言で言うと「金の問題」で選びました。

母親は元々専業主婦だったので、
ついていったら高校に通えないと思ったのです。

だから、母親には悪かったけど親父側につくことにしました。
あの時の母親の悲しそうな顔は忘れられません。

 

2人はお金の問題で揉めていましたし、
実際、僕はお金の話をよくされたので、
この瞬間からお金がなければ不幸になると思いました。

「もっとお金があれば両親は離婚しなかったかも知れない…」

何度思ったかわかりません。

 

お金がないことで不幸になると思った僕は、
高校では勉強して金持ちになり、
両親の二の舞にはならないと強く決意しました。

少なくとも、両親のようにお金が原因で離婚したり、
不幸な選択肢を選ばないといけない状態にはなりたくないと思いました。

それに、ちゃんと勉強して金持ちになれば、
いずれ、もう一度再婚するかも知れません。

そう思い、高校に進学しましたが、
人生は中々うまく行かないようです…

「お前は問題児だからな」と言われる高校生活

当時、塾に通わせてもらい、
勉強が苦手な僕でも高校に進学することが出来ました。

偏差値は40ちょっとの高校です。

普通に底辺ではありますが、
当時は本気で勉強を頑張っていい大学に行き、
良い所に就職しようと思っていました。

 

しかし、そんな思いとは裏腹に、僕は少しずつ勉強に追いつけなくなります。

気づいたら成績は240人中230位という状態になってしまいました。

下から数えた方が圧倒的に早いという落ちこぼれぶりで、
ついに偏差値は30台に…。

入学する前の気持ちはどこに行ったのか…。

 

おまけに学校に友達は2人くらいしかいませんでした。

毎日学校に行っては寝て、誰とも会話せずに帰る。
基本的にはそれの繰り返しです。

女子は特に苦手で、
シャーペンを落として拾ってもらっても
「ありがとう」の一言も言えないような非モテコミュ障で、
後から聞きましたが、「あいつキモくねw」みたいに言われていたみたいです。
(1ミリも笑えないですが。笑)

 

そんな学校生活がつまらなすぎて、
少しずつ行かなくなりました。

今思うと軽い不登校かも知れません。

 

学校に行く回数が少ないからなのか、
高校の教師達に問題児扱いをされるようにもなりました。

「お前は問題児だからな」

「そのままじゃ社会じゃやっていけねーぞ」

「そんなに社会甘くないからな?」

と、社会に出たことのない17,8のガキの恐怖心を無駄に煽り、
当時の僕にとっての死の宣告にしか聞こえません。

 

最初は、

「うるせーよ。やっていけるわボケ」

と、思っていましたが、
不思議なことに何度も言われると

「もしかしたら本気でやっていけないんじゃないか……?」

と、漠然とした将来に恐怖を抱えてしまいました。

 

社会で通用しないかも知れない恐怖により、
どうしても社会進出を避けたかった僕は、
親父に「大学に行きたい」とお願いしますが、

「どうしても行きたいなら国立か奨学金を借りろ」

と、言われ、

「ここでも金か・・・」

と、自分の親に金がないことを心底恨み、
自分が将来大人になった時は子供に絶対同じことをしないと誓いました。

当時の僕には奨学金へ無駄に怖いイメージがあったので、
奨学金を借りる選択肢はなかったのです。

だから、金のない親を恨みました。

「自分の親に金があれば…」

こんなことを本気で思っていました。

 

安心したいと思っていた僕は、
まともに就職活動をするのではなく、
友人の親の会社に入社させてもらいました。

首都高の排水管の工事の仕事で、
「とにかく社会でやっていけないことを証明されたくない」
と思い、傷口を応急処置するような就職の決め方で入社しました。

こうして、ギリギリで高校を卒業することもでき、
誰とも話さずに家に帰りました。

卒業アルバムの最後に同級生同士でメッセージを書くと思いますが、
僕の卒業アルバムの最後のページは真っ白です。

間違って面接を受けた会社に受かり4年間働くことに

大学に行けなかったのは残念でしたが、
就職出来れば働くことも嫌なことでは有りません。

大学生より早く働くので、
その分の時間はまとまった給料を貰えるわけです。

真面目に働き、真面目に貯金することで、
どんどんお金が貯まると思っていました。

 

しかし、人生中々うまくいきません。

当時、僕が就職した会社の給料は14万という薄給で、
毎日金に困っていました。

当時の口癖は「金ない…」です。

友達に遊びに誘われても金が原因で行けないですし、
自分の欲しいものを買う事もできませんでした。

そして、1年で退職。
新卒も無駄にしました。

 

転職することに決めた僕は、
トラックの運転手をやりたいと思っていました。

トラックの運転手であれば、
旅行に行くような感覚で働けるし、
当時の僕は車の運転が好きだったので
自分に合っていると思ったのです。

 

「よし、これからトラックの運ちゃん頑張るぞ!」

そう思って面接に行くと、
背の高いキレイな面接のお姉さんがこう言いました。

 

「弊社は自転車での配達がメインなのですが、自転車でもよろしいですか?」

「・・・・・・へ?自転車?」

 

そうなんです。

僕はトラックの運ちゃんになるつもりで
別の会社に面接に行ってしまっていたのです。

しかも、トラックとは真反対で、
自転車での配達がメインのベンチャー企業です。
(ちなみに今も会社は拡大中ですw)

「どれだけ俺はバカなんだ…」

と、自分のバカさ加減に落ちこみつつ、
自転車に乗りたくないと伝えて面接は終了しました。

「まぁ落ちたろ…次はちゃんと受けよう」

そう思って合否を待っていると、
何故か受かりました。笑

「受かっちゃったしとりあえず働いてみて、合わなかったらやめよう」

そう思って働いてみると、
物凄く居心地がいい会社で、
給料も前職の2倍ほどになりました。

 

朝が早く、夜は遅いですし、
休みも月に4日なので大変でしたが、
社員さんの人柄の良かったので
一生ここで働きたいと思うようになりました。

そして、僕はこの会社で22歳にして管理職になり、
営業では全国一位にまでなるほど仕事に没頭し、
間違って入社した会社で4年も働きました。

仕事も楽しく、上司もいい人達で、
本当に毎日充実していました。

しかし、毎日同じ日々を繰り返すと、
少しずつ違和感を感じてくるのです。

毎日会社と家を往復する違和感と目が覚めた交通事故

管理職にもなってから少しずつ違和感を感じるようになりました。

ベンチャー企業なので仕方ないのかも知れませんが、
少しずつ給料が減っていくのです。

最初は30万ほど貰っていたのが社員になったことで下がり、
管理職になったことで残業代がつかないので
さらに給料が減るという謎の状態に。

 

それに、会社の為に生きている感覚になってきました。

休みの日は会社で働く体力を回復させる為に
家でダラダラYouTubeを見て、お菓子を食べて、
映画を見て体力を回復させます。

家で大人しくしていないと
長時間労働出来ないのです。

 

違和感を感じるようになりますが、
僕自身も有能な会社員として洗脳されている状態です。

  • 会社が右と言ったら右に行く
  • 上司が言うことは絶対
  • 会社で働くなら大抵のことは我慢すること

これが当たり前だと思っていたので、
この違和感は「誰もが感じるけどどうしようもないもの」と思っていました。

 

そんな時です。

ある日、いつものようにバイクで会社に向かっていると、
突然目の前が真っ暗になりました。

そして、目が覚めると病院の真っ白な天井が見えていました。

そうです…僕は出勤途中に轢かれたのです。

 

頭を打って記憶が飛んでしまっているので聞いた話ですが、
横からタクシーがぶつかってきて僕は転び、
頭を強く打って気絶したみたいです。

普段は帽子のようなヘルメットでしたが、
当時はたまたまフルフェイスを被っていたので
奇跡的に生きていたとのことです。

事故現場を検証するおじさん事故現場を見て、

「あ、死んだわ」

と、思ったみたいです。笑

 

この時に何より恐ろしかったのは、
轢かれた後に、

「やばい!出勤しなきゃ」

とつぶやいたらしいのです。

完全なる会社脳。笑

 

怪我はかなりの重症で、脱臼、骨折、靭帯断裂で、
肩から骨が飛び出るほどです。
(皮膚は破ってないけど飛び出てるのがわかるレベル)

手術しないと肩が2度と上がらないと言われ、会社を休むことになりました。

ただ、保険や労災で会社を休んでる間もお金が入ってくるようになり、
毎日家でゲームをしていても保険会社からお金が振り込まれ続けるようになりました。

完全なる不労所得です。

 

しかし、どうしても、

「俺が休んでる間に会社の人間は皆働いてる。こんなに休んでいいのだろうか…」

骨折、脱臼、靭帯断裂と誰がどこから見ても安静にするべきなのに、
これ以上会社を休んではいけないという社畜マインド全開です。
(ちなみに今も肩は後遺症が軽くあります)

 

「迷惑だから会社に行った方がいいかな…」

そんなことを呟く僕を見て親父が言いました。

「お前は重症なんだから休んでいいんだよ」

会社の為に生きている生活を送っていたことによる
自分の中の違和感が一気に払拭され、

「あ、怪我したんだし休んでいいんだ…」

と、思えたのです。

怪我する前も怪我した後も、
全て会社を中心とした考えた方をしていましたが、
今思うと本当に重症な社畜脳だったと思います。

 

ただ、本当はそんな事を考える事自体おかしいのです。

人として生まれた以上、自分の人生を生きるべきで、
会社の為に生きる必要なんてないのです。

ましてや当時の僕は重症なので休むのは当たり前ですからね。笑

 

そして、怪我が治ってから数カ月後、
僕は自分の時間を作る為に大手運送会社に転職することに決めました。

この会社で働いてる時に人生への違和感を感じましたが、
上司や社長は本当にいい人達で今でも感謝しています。

ありがとうございます。

 

転職することで休みが増え、福利厚生が抜群にいいので、
僕にとっては最高の選択で人生が変わると思ったし、
この先の人生は安泰だと本気で思っていました。

しかし…まさかこの時の選択があんなにも後悔するとは思いませんでした。

胸ぐらを掴み、メンチビームを飛ばす上司のいる大手企業

月に4日の休みの会社に別れを告げ、
僕は同業の大手企業に転職することになりました。

給料は殆ど変わらなかったですが、
休みは月に8日〜10日に増えました。

 

丁度その頃、僕は友人にナンパの世界に誘われ、
ナンパをすることにもなりました。

休みも増え、自分が夢中になれる趣味もある。

毎日楽しく幸せに生きれるはずだったのですが、
人生は中々うまくは行かず、躓く所があるものです。

 

転職先の仕事は同業といえど、
勝手のわからないことが多々有りました。

なので、わからないことを上司に質問するのですが、
質問すると眉間を寄せて嫌そうに

「あぁ〜〜」

と、メンチビームを僕に飛ばしてくるのです。

「ああ、多分この人バカなんだ」

と、早々に見切りをつけ、研修が終わると異動になりました。

 

「これで嫌な上司と離れることができる」

そう思ったのもつかの間で、
異動先でわからないことを上司に聞くと、

「とりあえずやれ」

と、まるで聞いてくるなと言わんばかりの
態度で言われるようになったので、
自分で考えてやってみて失敗すると、

「お前何やってるんだよ」

と、怒られるのです。

 

「な、、なんなんだこの会社は…」

あまりに理不尽なことで怒られるので、
どんどん上司との関係が悪くなり、
終いにはお互いに胸ぐらを掴み合って揉めるほどに。

そして、僕は飛ばされました。

いわゆる左遷です。

そして働く時間が朝の7時から21、22時になり、
給料が3万円も減ってしまったのです

 

上司からの理不尽な対応を受け、
勤務時間、給料

そして、毎日会社と家を往復するだけの日々が続きました。

この頃には趣味のナンパも楽しくなくなり、
休みの日は会社で働く体力を回復させる為に
YouTubeを見たり映画を見るだけの日常に戻ってしまいました。

 

ただ、以前と違うのは、
会社中心の生活を良しとしていないことです。

会社と家を往復する日々を送り、会社の為に自分のやりたいことを我慢し、自分を殺して理不尽な上司達と我慢しながら働き続ける日々

この状態に違和感を感じていました。

 

「俺の人生このまま終わるのか?こんな生活を50、60年も続けるのか?」

 

そう考えていると、このままではダメだと思いました。

「人生どうにかして変えなければやばい!」

そう思い、ネットで『人生を変える方法』と調べますが、
1ミリも役に立たない情報しかでてきません。

  • 人と会いましょう
  • 住む場所を変えましょう
  • 環境を変えましょう

などの結果しかでてきません。

 

「それがわからないから困ってるんだけど…」

「俺には人生を変えるのは無理だ」

 

と諦めかけていた時、
運命的な出会いがありました。

アフィリエイトで会社員以上の給料を稼いでます

いつものようにナンパ仲間と飲んでいる時に、
普段見ない人がいました。

そして、色々と話しを聞いてみると不思議な人だったのです。

 

まず、”会社で働いていない”のです。

その人は、会社を退職してから
自分でお金を稼ぎ生活してるとのことだったのです。

今までそんな人が周りにいなかったので、
僕は一気にその人が気になり話を聞かせてもらいました。

 

次に不思議だったのが、
会社で働いていないのに会社員より
圧倒的に多い金額のお金を稼いでると言うのです。

話を聞くと、ブログとメルマガを使って得意なナンパの情報を発信して、
アフィリエイトで収入を得ているというのです。

しかも、殆ど働かずに…。

 

お金は会社で汗水垂らして得るべきという
価値観が雪崩のように崩壊し、
僕もこの人のようになりたいと憧れ、
色々と話を聞かせてもらいました。

ただ、直接連絡して話を聞かせてもらうのは失礼かと思い、
僕は渋谷に出てその人を探し、偶然を装って話を聞かせてもらい、
ビジネスモデルを教えてもらうことができました。

 

その人は、SNS×ブログ×メルマガを使って情報発信し、
興味がある人を集めて教材をアフィリエイトで販売してるとのことだったのです。

具体的には

  1. 集客
  2. 教育(信頼関係構築)
  3. 販売

この3つのステップで商品を販売してるとのことだったのです。

しかも、パソコン1台で。
(こういった形です)

情報発信する内容も自分の得意なこと、
興味のあること、好きなことを発信することで
興味がある人だけを集められるとのことです。

筋トレが好きなら筋トレに興味がある人。
恋愛が得意ならモテることに興味がある人が集まるので、
集まった人にアフィリエイトして稼いでいるとのことでした。

それに、単価の安いものではなく、
単価の高い商品を販売しているので、
沢山の人に売らなくても十分会社員以上のお金が得られるとのことです。

 

しかし、そうは言っても、

 

「パソコンすら持ってない俺でも出来るのか?使い方なんて何もわからないぞ。そんな俺でも出来るのか?」

 

と、パソコンの使い方もわからない自分に
出来るとは思えませんでした。

ただ…アフィリエイトで会社員以上のお金を稼ぎ、
雇われずに楽しそうに生きている人を見て、
夢を見る少年のように憧れました。

お金が掛かるのはトレーニングジムの月謝以下なので、
リスクがあるわけでもありません。

「失敗したら辞めればいい…どうせノーリスクだし」

そう思って挑戦することを決め、
秋葉原に2万円の充電しながらでないと使えない
パソコンを買いに行き、ナンパの情報を発信するようになりました。

3ヶ月で月収1万、半年で月収50万、1年後に月収100万を稼げました

「もしかしたら奇跡が起きて会社を辞められるかもしれない…これなら人生が変わるかも知れない…」

淡い期待を持ちつつ毎日会社が終わってはブログを更新し続けました。

すると、少しずつ読者が増えて、

「面白かったです!」

「次の更新も楽しみにしています」

「役立つ内容でした!」

と、コメントを貰えるようになったのです。

 

そんな生活を続けること3ヶ月…

 

いつものように会社が終わり、
家に帰りながら報酬画面を見ていました。

「今日は報酬発生してるかな?」

そんな淡い期待を持ちながら確認しますが、
普段は0の数字が並ぶだけで、

「そんな簡単収入は発生しないか…」

と、思っていたのですが、
この時だけは違いました。

 

携帯を見ると、

「12960円」

の報酬が発生していました。

 

「え!?売れてる!凄い!やったーー!!」

 

学生時代の合唱コンクールを超える大声を渋谷という大都会の真ん中でひと目を気にせず叫び、
家に帰った後も嬉しくてベッドの上でもぴょんぴょん跳ねました。笑

しかも、アフィリエイトの世界では月に5000円を稼げない人が
95%もいると言われています。

そんな中「12960円」を稼げたのは
僕の中で大きな一歩だったし自信になりました。

 

それから半年後、僕は会社を退職し、
晴れて脱サラ初月に50万を稼ぐ事ができました。

初めて手に取った大金を見て、
僕はほんの少し成功者になった気分になりました。

 

そして、情報発信を初めて1年後…

僕は月収100万を稼げるようになりました。

会社員時代では絶対に稼げない大金を稼ぐことに成功し、
僕の人生は大きく変わりました。

人生が心の底から楽しいと思えるようになった

ビジネスを始めて月収100万を稼ぐ事もできるようになり、
僕は今までとは全く違った世界を生きる事が可能になりました。

昔は「金ない・・・」が口癖でしたが、
今では全く言わなくなり、
好きなものを食べたり買ったりすることが出来ます。

が、別に僕は自分にお金を使うのがあまり興味がなくて、
自分の家族や彼女にお金を使っていますね。
(美味しいものを食べるのは好きですけどね)

祖父母に10万円もするテレビを買ってあげました。
(僕の家のテレビは1万円くらい)

おばあちゃんが

「まさか光成にテレビを買ってもらえるとはね〜」

と、嬉しそうにクシャクシャな顔をして言ってるのを見て、
僕まで嬉しくなりました。

 

昔は彼女と出かけるなんて、
会社での仕事が忙しくて出来なかったですが、
先日ディズニーシーに行ってきました。

平日の昼間から行きましたが、
普通に楽しかったです。

 

付き合う人間も変わり、
僕の周りには同じようにビジネスをしている人などが増えました。

ビジネス仲間と一緒に合同で開催した合宿の様子。

 

海外にも行くようになり、
ニューヨークに行ってきました。

景色がめちゃくちゃキレイです。

自分の為にも家族のためにも恋人の為にも
本当にやってあげたいことを出来るようになったのです。

まさしく、目の前の選択肢を全て選べるようになりました。

僕にとって、この選択肢を選べる状態が大切だったし、
会社員時代は選択肢を選べないことこそが
僕の人生をつまらなくするものだったのです。

 

そして、選択肢を選べない状態で、
あることをしているとつまらない人生になります。

僕は今まで沢山の人を見てそう思ったし、
僕自身、この状態だったから人生がつまらなかったのです。

それがなにかというと…

狭い世界で生きている

ことこそが僕にとって人生をつまらなくするものだったのです。

また、狭い世界で生きていることを良しとする
環境にいること自体が人生をつまらなくさせていたのです。

僕で言えば”会社”です。

 

会社で汗水垂らして働いて稼ぐという偏った価値観を持っていたことこそが
僕にとって人生がつまらなくなる原因そのものでしたし、
それを当たり前とする環境の中に僕はずっと居座っていました。

そして、それをよしとする人達としか絡んでいなかったのです。

 

でも、外の世界には面白い世界が待っているのです。

 

インターネットビジネスの世界には、
沢山の面白い人達がいます。

  • 大学在学中に1000万稼ぐ人
  • レビューブログで1億円稼ぐ人
  • インターネットを使って会計士として働く人
  • 得意なナンパをビジネスにして稼ぐ人

などなど、いわゆる「普通」の価値観の外側に生きる人達が沢山いて、
その人達は世間一般の常識の外側に生きているのです。

 

そんな楽しい世界、人間を知らずに自分の価値観の中だけで生きている。

 

のは凄くもったいないし、ここまで読んで頂いてるあなたも
昔の僕と同じように「自分も狭い価値観の中で生きていたかも知れない」と感じているのではないでしょうか?

そう考えると、

雇われながら生きることに違和感を感じているのに毎日会社と家を往復するだけの日々を送り、狭い価値観の中で生きるのはデメリットでしかない

と、思えませんか?

僕にとっては狭い価値観の中で生きることは
人生においてデメリットでしかなかったですし、
狭い価値観の中で生きているから選択肢も選べなかったです。

僕の発信をたまたま知ってくれたあなたにも、
そんな広い世界を知り続けることができ、
目の前の選択肢を選べることができる
楽しい人生を謳歌してほしいと思っています。

そういう思いもあるからこそ、
僕はこうも思うのです。

不幸を1秒も感じない=幸せである

僕は不幸を1秒も感じないことこそが幸せであると思っています。

選択肢を選べないから不幸を感じますし、
選択肢を選べない状況だから苦しいのです。

仕事も、働き方も、お金の使い道も、やりたいことも、
目の前に選択肢がありながら選べない数が多ければ多いほど、
きっと、不幸を感じることは増えるでしょう。

 

逆に、不幸に感じることが少なければ人生は楽しくなるはずです。

つまり、

幸せを感じることを増やすより、不幸に感じることを減らす方が結果的に人生は楽しくなる

ということです。

だから僕は、不幸を感じない選択肢を選べる様になるために、
目の前の選択肢を全て選べる様になったほうがいいと言っているのです。

目の前の選択肢を選べるようになると、
不幸を感じることが必ず減ります。

  • 家族に親孝行してあげたい
  • 恋人を喜ばせてあげたい
  • 自分が楽しませることをしたい

など、これらが選べなかったら不幸を感じるじゃないですか?

 

実際、僕はもう完全なる選択の自由は手に入れる事ができないです。

なぜなら、僕の親父が亡くなってしまったからです。
平成から令和になってすぐのことでした。

満足に親孝行してあげられなかったことを後悔しています。

焼肉や寿司が好きなので食べさせてあげたかったです。

冬はよくダウン着ていたので高いダウンをプレゼントしてあげたかったです。

お金を稼いで、母親と親父に再婚してもらって家族4人でご飯を食べたかったです。

 

正直言うと今でも「後悔」を感じる日々は少なくありません。

もし、生きていたら何をしてあげるだろうと妄想を膨らますことがよくあります。

もっと早くビジネスを始めてお金に余裕が出てきていたら、
家族4人で飯が食えていたのではないか?と、何度も考えます。

けど、もうこの先の人生で2度としてあげられることがないのです。

だからこそ、この先の人生では後悔を残したくないですし、
選択肢を選べないことで不幸を感じたくないのです。

 

こういう経験があるからこそ
お金がないことで不幸になることがあると思っていますし、
実際にお金がなくて不幸を感じることはありませんか?

逆に、お金がないことで感じる不幸はよくわかりますし、
選択肢が選べないことで歯がゆい気持ちになるのもわかります。

だから、選択肢を全て選べる様になることが大事だと思っていますし、
不幸を1秒も感じないことこそが本当の幸せでもあると思っています。

 

不幸を感じない為には
目の前の選択肢を全て選べるようになるしかありません。

それこそ本当の意味で心の底から楽しく笑える楽笑人生でしょう。

僕は情報発信を通して不幸を感じない人を増やしたいと思っています。

 

あなたに僕が提供するもの

……いかがでしたでしょうか?

僕の生い立ち、考え方が少しは伝わったかなと思います。

 

僕はこのブログやメルマガ、YouTubeなど様々なメディアを通して、
あなたに目の前の選択肢を全て選べる選択の自由を得てもらう為の知識を発信していきます。

その為に、ブログとメルマガを中心とした
コンテンツビジネス×アフィリエイト
あなたにも挑戦していただきたいと思っています。

実際、コンテンツビジネス×アフィリエイトは、
ネットビジネスの中でもリスクが低く利益率の高いビジネスモデルなので、
始めるハードルはかなり低いです。

僕自身、お金が掛かることだったら
絶対に始められなかったですからね。

 

そして何より”感謝されながら”お金を稼げます。

実際、僕の元にはこういったメールが沢山届きます。

もし、あなたが毎日会社と家を往復するだけの
退屈な日々を変えたいと思っていたり、
雇われずに人生を生きたいと思っていたり、
目の前の選択肢を全て選べる自由を手に入れたいと思っていたら、
きっと、その一歩を踏み出す為のヒントを僕が与えられると思います。

その1つとして、先日、amazonで電子書籍を出版しました。

電子書籍無料ダウンロードはこちらをクリック

通常1200円で販売している書籍なのですが、
今だけ無料で配布しています。

パソコンも持っていなかった僕が
0からパソコン1台で月収100万稼いだ戦略、
脱サラした方法なども話しています。

雇われずに生きる事を考えてるなら、
僕の書籍はヒントになるはずです。

何より、

こんな世界があるのか!自分も心の底から楽しく笑える楽笑人生を生きたい!自分で稼ぐ力をつけて経済自由人への片道切符を手に入れたい!

と、思ってもらえるはずですし、
「自分でもできそうと思えた」
と言う感想を多数頂いています。

 

また、他にもブログでは出していない有料講座を
無料でプレゼントしているので、
ぜひ、そちらも受け取って下さい。

あなたが楽笑人生を手に入れる一歩を踏み出すことを
楽しみにお待ちしています。

『電子書籍無料ダウンロードキャンペーン』詳細はコチラをクリック

↓↓

 ※Gmailかヤフーメール以外は受け付けていません。徹底的な管理をしている為、第三者に情報が漏洩することはありません。

『電子書籍無料ダウンロードキャンペーン』詳細はコチラをクリック
Twitterで経済的自由への情報発信中!